
ひとは「人間」といふ「病」を癒しつつ
生きるのだろふ
だから
他界は「病」からの解放故
ソクラテスのように
アスクレビオスに感謝の鶏を屠らねばならない
まさに「他界」=シフトなのであろふ
此世は「病」を経過する宇宙なのだろふ
こころを病み
身体を病み
病んだ人間同士が傷付け合ひ
病んだ人間同士が癒し合ひ
流浪しつつ右往左往するのが
人間なのだろふ
されど
地獄にも華が咲く
一抹の微風が心地よく頬を撫でる
そんな時が愛おしく
そんな時を求めて
今日も他者に向き合ふ
違う宇宙に触れ合ふ
「病」を癒さんと・・
「病」を観想せんと・・
2015-05-16
日射し避け
夕焼け空に
草毟り
稲穂は垂れて
蜻蛉舞ふ
釣瓶落としに
日が暮れて
微風の中に秋感じ
入道雲に雷光り
遠く眺めて
羨まん
日課と成りし
鹹水の
快感と成りし
水飛沫
藍も喜ぶ
神目箒も騒ぐ
繕ひし大麻パンツも
水浸し
心地よき
立秋過ぎ
2015-08-10
ことばの間(はざま)に
思い上がったこころを
思い知らされ
ダビンチには
誰でも成れる訳がなく
されど
此の道を貫徹するしか
仕様がなく
日暮れの蜩に涙する
老子が微笑む
荘子が招く
分かり合えないもどかしさに
諦観を想起し
道が模糊として
されど
此の道を貫徹するしか
仕様がなく
ほんとうは
どうでもよく
ただ、有る
それだけで
..............2015-08-18
風強き夜明け前
トリップした
インドの遺跡内の、しかし聖地だった
瞑想している聖人の傍を通った
銀塩カメラを構えていた
調合した薬剤で現像液をつくっていた
無くなった景色
無くなった故価値がないのではない
小杉智がいっしょだった
迷うこと
それこそが啓示だと
撮りたい被写体とは「異次元」だった
異次元が顕現する一瞬こそ撮りたい被写体だった
「アストラル体の栄養は、情念をともなう映像や言葉である。」ダンテス・ダイジ
2016-02-14
梅雨霞 島を隠して空のなか
白山の近くに住みし鴎外の萌し感じて
「半日」
夫婦の駆け引き
鴎外の深層
或意味マルチ人間 森鴎外
なればこその苦悩哉
「宇宙には、ある特別な瞬間というものが時々あるのだ。それはね、あらゆる物体も生物も、はるか天空の彼方の星々にいたるまで、全く一回きりしか起こりえないようなやり方で、互いに働き合うような瞬間のことだ。」 Michael Ende『モモ』
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宇宙とは、あらゆる物体も生物も、はるか天空の彼方の星々にいたるまで、全く一回きりしか起こりえないやり方で、互いに働き合う瞬間の総体のこと。
大塚巧
ほんとは・・総体=瞬間・・のことなのだろふ・・つまり・・時間は人間の錯覚に過ぎない・・のだろふ
2015-07-10
創造性・根源性・全体性・・
哲学を哲学たらしめる条件・・
(40年以上前に書いたこと)
Holistik (全体性)は
哲学を哲学たらしめる必須条件である
Philosoph の必須条件であると同時に
Kuenstler/ Artist の必須条件でもある
創造性・根源性・全体性なき作品は「作品」に非ず・塵糞に過ぎない(自分に向かって言っている)
2015-08-20
風吹けど
我関せず
鳶空高く円舞する
月宙高く冴え
波白く湧き
雲流る
念仏が飛ぶ
風に流れて
音が去る
何も残らず
ただ虚しく
過ぎ去るだけ
我関せず
風に流れて
過ぎ去るのみ
我が称ふ
念仏に乗って
2015-04-17
最初の微生物誕生が35億年前
最初の人間誕生が百万年
最初の人間誕生から今迄の時間の3500倍もの長い時間を掛けて微生物は進化・変化している
高々2000年~3000年程度の文化の成れの果てでしかない
その500-300倍以上もの長い時間を掛けて微生物は進化・変化している
たかが藍染め
されど複合化した微生物の仕事を頂いているのである
人智を超えていて当然である
それを「神」と名付けてもいいのかもしれない・・
幾度かの宇宙・・|宇宙誕生137億年→地球誕生46億年→最初の微生物誕生35億年→最初の人間誕生百万年→今此の瞬間・・こんな・・・普通の日常生活こそがいちばん大切・・→|幾度かの宇宙・・Holistik
2016-05-30
デザインとはひとと物(世界)との関わりの意味を与えることである・・
その際のひとの、物・周囲環境・世界・宇宙に対する考え方自体のデザインもデザインである・・
Holistic ONE/ Parmenides Holistik の思考方法のデザイン・・
分析しないこと
全体を一瞬で把握すること
直観・直感で判断すること
言葉(論理)に拘りつつ(分析)言葉(ロゴス)を超越すること
イメージをデザインすること
宇宙をデザインすること
全体がひとつであることを意識し続けること
2015-04-07
ダビンチに恋焦がれし
10代の未熟な我
ダビンチに出逢わずば
今の我(Holistik)なし
善し悪しは別として
未熟な我をVipassana(客観視)して ・・
ダビンチを否定してこそ・・
と思ふ
ダビンチの「大洪水」(ダンテ「神曲」を基層とする)に3.11を想起する・・
・・こんな・・・普通の日常生活こそがいちばん大切・・
2016-03-03
必至に自己に留まりて
生きとし生けるものの
しあわせこそを祈りつつ
判断停止している自分に気付き
はっと我に帰る
すべてが輝く
日常こそ
2015-03-19
「時」がキラキラと氷り
出会いが氷結した必然と化し
この時代の涙が氷柱となってぶら下がり
生の余りの短さに恐れ戦き
一瞬の拘わりに「奇蹟」を感じ
まるで「物語」のような現実に
天の予感を何処かに置き忘れ
言葉にすればする程
嘘に見えて来て
白々しさを感じさせ
真実の「欺瞞性」を思ふ
砂浜に時間をおき忘れ
今も一緒に歩いている
あのとき
一瞬でいいから
振り向いてくれさえすれば・・
少女の虚ろな瞳 時を止める
同時代の同時体験が「運命」なのかもしれない
ラケシス→モイラ→アナンケ 神の3人娘が織っている
2015-02-04